ミナス・ジェライス州のコーヒー豆と音の圧縮 | 香りの口承 vol.3
ブラジルコーヒー産業におけるミナス・ジェライス州
ブラジル南東部の内陸に位置するミナス・ジェライス州。
人口はブラジル国内第2位。
日本の約1.5倍の面積に、約2,139万(2025年の推計)の人々が住んでいます。
ミナス・ジェライス州のコーヒー産業の規模は圧倒的です。
ミナス・ジェライス州は、ブラジル全体のコーヒー生産量の45.5%をまかない(2025年時点)、ブラジル国内のコーヒー栽培面積の58.2%(約110万ヘクタール)を占めます。
標高600〜1,200mの丘陵地帯、粘土質の肥沃な土壌、明確な雨季・乾季。
それらは、高品質なアラビカ種の栽培に適した環境と言えます。
そして、トレス・ポンタスのカッシャンブー農園もこの地域に属します。
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南ミナスでは言葉が圧縮される
カッシャンブー農園は、標高930〜1150m、年間を通して過ごしやすい気候と、なだらかな丘陵地形にあり、開花とチェリーの成熟に理想的な条件を揃えています。
ミナス州の中でも、南部・中西部にあたる地域「南ミナス(Sul de Minas)」は、州内で最大のコーヒー産出量です。
そして、興味深いことに、南ミナスは言語の面でも独自の訛りを持つ地域。
そこには、「ミネイレース(mineirês)」と言う話言葉があります。
それは、隣接する「サンパウロ州」の影響を受けた巻き舌のRが残り、「州都ベロオリゾンテ」や「北部ジェキチニョーニャ」の話し方とも違う響きがある、といわれています。
「ミネイレース(mineirês)」という話し言葉に共通した性質。
それは、
- 標準ポルトガル語を圧縮し、変形させる
- 身体感覚に近い短い言葉に置き換える
というものです。
「oncotô(オンコトー)」溶け合う音
「ミネイレース」の音韻面にて、もっとも象徴的なのが「oncotô(オンコトー)」という言葉。
標準語の「onde está você」(あなたはどこにいますか)が、発話の中で音を落とし合い、ひとつの塊になったものです。
- 標準ポルトガル語:onde está você(オンジ エスタ ヴオセ:あなたはどこにいますか)
- ミネイレース:oncotô(オンコトー:あなたはどこにいますか)
「onde(オンジ)」の語尾が消え、「está(エスタ)」の最初の音が呑まれ、「você(ヴオセ)」が短く縮んで、最後には四語が一語のように発音される。
この現象は、単なる「なまり」というより、頻繁に交わされる短い呼びかけが、繰り返しの中で最短距離に磨かれていった結果のように見えます。
「trem(トレン)」名前を呼ばない道具
ミネイレースには「trem(トレン)」という万能名詞があります。
名前を思い出せない物、名指すまでもない物を、何でも「trem(トレン)」と呼んでしまう言葉です。
話者A. 「あの trem(トレン) 取って、乾燥棚の端にある」
話者 B. 「どの trem(トレン)?熊手? それとも温度計?」
話者A. 「熊手の方の trem(トレン)」
「trem(トレン)」に一番近い日本語の単語は、「あれ」です。
日本語の「あれ」は、基本的に話し手と聞き手の双方が対象を知っているときに使う言葉です。
一方 trem(トレン) は、話し手自身が名前を思い出せない・特定する気がない場合にも使われる、より許容範囲の広い言葉です。
「uai(ウアイ)」一語で足りる反応
もうひとつ象徴的なのが、間投詞「uai(ウアイ)」です。
驚き、同意、当惑、念押し、など、ほとんどの感情を一語で表現します。
話者A. 「見て、この区画だけチェリーが真っ赤に熟れてる」
話者B. 「uai(ウアイ)、こっちはまだ青いのに」
話者A. 「uai(ウアイ)、土が違うのかな」
「uai」に一番近い日本語の単語は、「あら」です。
驚き・戸惑い・念押し・軽い同意など、感情の種類を問わず反射的に発せられる点で、「あら」の使われ方とよく重なります。
「感情表現としては『あら』に近いですが、地域アイデンティティの標識という点では、名古屋弁の「だがね」や博多弁の「たい」のように、方言の語尾詞に近いようです。
音の圧縮と労働の速度
oncotôのように「音を圧縮」し、tremのように名指しを省略し、uaiのように感情を一語に畳み込む言葉の習慣。
それは、南ミナスの丘陵地で世代を超えて繰り返されてきた「労働の速度」を感じさせてくれます。
言葉が、農産地にて品質判断に影響すると仮定した場合、「その土地の言葉は、テロワール(標高、傾斜、土壌、雨季と乾季の巡り)に間接的に関わっている」と言う言い方をするならば、「話し言葉のリズム」はテロワールの副次的要素と言い得るのではないか。
カッシャンブー農園のコーヒーの背景に、このような圧縮された言葉のやり取りが、今もあるのかもしれない。
そう思うだけでも、日本に届いた一杯のコーヒーの香りに、手触りや肌触りに加え、音までもが感じられる気がします。
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