ケチュア語とコーヒー豆 | 香りの口承 vol.2
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この文章は、農学的な報告でも民族学的な記録でもなく、言葉が好きな書き手が、地球の裏側の畑をイメージしながら書いた、コーヒーと言語についての空想です。
コーヒーには、届く前の言語がある
コーヒーカップを手にするとき、私たちはすでに多くの「言語」を受け取っています。
産地名、標高、精製方法、焙煎プロファイル。これらは国際市場で流通するために整備された記号体系であり、バイヤーとロースターと消費者をつなぐ共通言語です。

でも、その言語が生まれるよりもずっと前に、農産地では別の言葉が使われていたと想像してみます。
チェリーが赤く染まる瞬間の農家の一言、発酵槽の前で水の澄み具合を確かめたときの言葉、乾燥棚の豆に触れた感覚を — 輸出書類には存在しない言葉を。
ここで私が思いを馳せるのは、ペルー・フニン州チャンチャマヨ県の農家が長年使ってきたかもしれない言語、ケチュア語です。
チャンチャマヨという「境界」の土地
チャンチャマヨはアンデス山麓からアマゾン低地へと移行する地帯に位置し、スペシャルティコーヒーの産地として国際的な評価を高めてきた土地です。
同時にここは、ケチュア語話者とスペイン語話者が交差する言語的「境界線」上にもあります。
ケチュア語はインカ帝国の公用語として栄え、現在もペルー国内で約400万人が話す先住民言語で、フニン州はその話者人口が多い地域のひとつ。
コーヒー栽培がこの地に本格導入された19世紀後半、農家の方々はこの見慣れない植物の状態をどのように語ったのでしょうか。ここから先は、個人的な仮説です。
「赤い」ではなく「熟した」——ケチュア語の特徴
言語学者たちは、ケチュア語の色彩語彙には日本語や英語とは根本的に異なる構造があると指摘します。色を静的な属性として記述するのではなく、その物がどの段階にあるかという状態として捉える傾向があるというのです。
完熟チェリーの赤を表す「Puka(プカ)」は単なる色名ではなく、熟した・今まさに収穫されるべき状態というニュアンスを帯びています。
未熟チェリーを指す「Q'omer(コメル)」は、緑色でありながら「まだ時間が必要な」という時間的含意を持ち、「Oqe(オケ)」は灰色がかった状態として過熟や品質低下のサインとして読めなくもありません。
精製工程においては、「Ch'uwa(チュワ)」という単語は澄んだ・透明な状態を意味し、発酵後の洗浄水の判断に使われたかもしれません。
「Llamp'u(ジャンプ)」は柔らかい・滑らかなを意味し、適切に乾燥されたパーチメントの手触りに結びつくかもしれません。
そして「Tupu(トゥプ)」は適切な量・ちょうどよい状態を意味し、発酵や乾燥の「適点に達した」という判断を一語で表現します。
色と状態が一語に宿る言語は、農業判断の道具として構造的に優れているのではないか — これが一つ目の仮説です。
言語もまた、テロワールの一部ではないか

「Peru Chanchamayo G1 Washed」という表記は効率的ですが、Pukaに込められた収穫判断の感覚、Tupuが体現する農家の経験知は、その四文字には収まりません。
テロワールという概念は、土壌・標高・気候・精製方法の総体がカップ品質に現れるという考え方です。
ここで、二つ目の仮説が生まれます。
農家がコーヒーの状態を把握し、判断し、語るために使う言語もまた、テロワールの一部ではないかと。
均質的な言語からこぼれ落ちるもの
コーヒー産業の言語は地球規模で均質化されてきました。
その状況の中で、ケチュア語の「感覚的リアリティを農業判断に直結させる構造」に目を向けることは、「均質的な言語からこぼれ落ちるもの」を拾う作業になる可能性があります。
地球の裏側の農産地と、手のひらのカップの間にある距離に、言語という線を結ぶこと。
その空想は、いつものコーヒーの中に、いつもとは違う場所を見せてくれるように思います。

この文章は、ケチュア語の特性とペルー・チャンチャマヨのコーヒー産業に関する資料をもとにした、個人的な考察です。
農家の方々が実際にこれらの語をコーヒーの文脈で使用しているか、私は確認できていません。いつか確認できたら素敵だな、と思いを馳せるばかりです。
writing:EC担当 島津
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